「共感より 共有がたのしい」
共感とは、読んで字のごとく、一緒に感じることですよね。
ならば、共有とは、一緒に所有することなのでしょう。
例えば、サーフィン。
サーフィンを全くやったことがない人でも、美しい青い海を、綺麗にサーフィンする。スマートに波に乗っているのを見たら「あ~きっと気持ちいだろうなー」「あー素敵」かっこいい!」と感じるのではないでしょうか?
つまり、自分はそこに関わっていなくても、それを見て感じて、受け取っている。
現役のサーファーが見ても、やったことがない人と同じようにすごくカッコよく見えている。でもそれだけではなくてまだ続きが出てくる。「あ、あそこでターンするとは!」「自分の今度ああいうスタイルに挑戦してみよう」とか、自分の物事に、どんどんつなげていける。
そのかっこいいサーファーの姿が、自分の問題として映るのではないのかなーと思います。
つまり、共有できる。
私はサーフィンに憧れているけどやったことがないので、まだ共感です。
もし、始めたら?サーフィンをやっている人たちと話しをしたら「わかるーそれわかるー」「~だよねー」「あれ難しいよね」とか、気分を共有できるのではないかなー。
音楽も同じだと思うのです。
憧れのバンドやミュージシャンやオーケストラ。
かっこいい曲やパフォーマンスに自分の人生を当てはめたり、ダンスしたりドライブしたり、それを聴いて見て感じて、受け取っている。
音楽をやっている方も、もちろんそういう気持ちで音楽をたのしんでいますが、まだ続きがある。
「あ、あのフレーズはかっこいいな」「私にもできるかな」「今度あれやってみよう」
そうすることで、音楽を自分の手元へ、引き寄せることができる。
そして、憧れの、その曲を作った人の、感覚や息使いまで、感じ取ることができるようになる。
不思議なことに、一番簡単で一番小さなウクレレで、ちょこっと「音楽」をかじるだけでも、即座に「共有」している感じを味わえるのが、いいところなのです。
ウクレレ仲間との共有と、その曲の作者・ミュージシャンとの共有。
音楽や楽器が苦手ーという方でも、いずれは、そうやって知識をつけて、学んで、自作のオリジナル曲を作れるようになるかもしれません。
「音楽」を聴くのは最高(共感)だけど、ヤル(共有)のはもっと最高!
自分には「音楽」なんて、できないという方にこそ、ウクレレがあります。
一番簡単で一番小さなウクレレで歌を歌いましょう~始めた日から、音楽人。
ありがとうございました。