とても大切な行事があると、節目が近ずいてくる時独特のドキドキ感に満たされます。
待ちに待った一大イベントがある、好きな人とデートする、大きな買い物をする、欲しいものが手に入る、ロックフェスに行く、
結婚式をする、海外旅行に行く、初めてのウクレレ発表会に出演する、大人数の前でスピーチをする、
緊張するような、嬉しいような、もうやりたくないような、楽しいような、苦しいような、ドキドキ。
その行事予定があさってから、明日になって、とうとう当日、そして「その瞬間」に。
瞬間しか生きられない私たち。
終わった後は、さっきに変わり、昨日になり、過ぎ去っていきます。
そして、あれだけ複雑な気持ちだったのに、すぐ次の「ドキドキ行事」がまた予定される。
これの繰り返しです。
作曲をしたり絵を描いたり、何か最高の作品を創り出す時は、まずイメージを思い浮かべて、試してみて、少しづつ形にして、
今持てる力すべてをそこに注ぎ込み、やり直し、うまくいかず、そんなのを乗り越えて、やっと最高の作品が出来ます。
最高の作品が出来上がったという充実感は、出来上がった瞬間しかありません。
そのあと誰かに聴いてもらう、展覧会に出す、録音する、ライブで演奏する、見てもらうことは、全く違うところでの満足感なのです。
「最高の作品が出来た!」実感しているときに、もう心は次の新作へ向かいます。
あれだけ複雑な気持ちだったのに、すぐ次の「最高の作品を創り出す」を再開する。今あるものすべてをつぎ込んでしまったばかりなので、なかなか最高のものは出来ないとわかっているのに、またそこに向かい、絞り出す。
これも「ドキドキ行事」の繰り返しです。
旅に出るとして、仮にイタリア旅行に行くとすると、イタリアに到着した時からが旅なのでしょうか?
「旅をするというのは、旅に出ると決めた時から始まっている」という言葉があります。
よく言われている「家に無事に帰るまでが遠足です」と同じようなこと。
まずどこかに旅行に行こうと思い立ち、イタリアに決め、何ヶ月も前から調べて予約して、空港に行き飛行機に乗り到着する。予定はあさってから、明日になって、とうとう当日、そして「その瞬間」に。
瞬間しか生きられない私たちですが、旅行に行こうと思い立った時から、もうその旅はすでに始まっていたのです。
思い切り楽しんで帰国し、帰りの道中で「次はどこに行こうかな~?」と次の旅を考える。
あ、いまもう次の旅が始まりました!「旅をするというのは、旅に出ると決めた時から始まっている」のですから。
これも「ドキドキ行事」の繰り返し。
瞬間しか生きられない私たちが「ドキドキ行事」を実感できるのは、それが行われている瞬間。
そしてその人その人、それぞれの「ドキドキ行事」の事を考え始めた瞬間に「ドキドキ行事の旅」はもうすでに始まっており、いつまでも何回でも、ずっと繰り返し続いていく。
そしていま、誰もが、あのとき自分が想造し、描き、考えた「旅」の真っ最中にいるはずです。
ありがとうございました。